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5/26/2011 「ふじ丸徳之島へ」
航海4日目。6時に起きて窓の外を見ると海上に黒いものが。。早起きのご夫婦が一眼レフを持ち歩きながら海を観察されています。これは....!!!と思ってデッキに飛び出すとイルカがジャーンプ!わあああああああ!ただの好奇心なのかイワシがいっぱいいたのか、群れはどんどん増えるばかり。船と並行して歓迎のジャンプを見せてくれました!朝ごはんの席で興奮しながらスタッフ達に話すと、「え〜珍しいですね、それはラッキーですよ」だそうな。鯨など海の生物と衝突した場合の法律など、興味深い話もたくさん聞けました。


ひかるちゃん。でかい。

10時半、徳之島平土野港に入港。腹話術の千田師匠が役所の方に車を出していただいて島をまわると言うので図々しくも便乗。長寿世界一記録をもつ泉重千代邸見学からはじまり、戦艦大和慰霊碑、ソテツトンネルなど、最終的には大変厚かましくも島を一周していただくことに。これもすべて天城町商工水産観光課の米村さんの粋なとりはからいにて実現。本当にありがとうございました!



徳之島では毎年GWに闘牛の試合があり、今年戦い終えたウシちゃんと、まだ試合デビューできない若手ホープの2頭を見せて(触らせて)いただきました。闘い終えた子のほうは激しい筋肉痛だそうで、表情がぐったりしていて目から涙が!かわいそう!と思ったら目薬をさしていただけらしい。この島では牛をもつことがステイタスらしく、晴れの日は子供達が牛を散歩させていたりするらしい。この2頭はお役所の方のウシちゃん達です。この島では牛の皆さんはわりと適当な名前がつけられているようです。



亜熱帯気候でサトウキビ畑が広がりハイビスカスが咲き誇る景色はほとんど沖縄でした。でも鹿児島県。やっぱり薩摩藩、強かったんですね。


南に来てからマンゴーの美味しさにビックリしてフルーツ漬け。

船に戻ってディナー前のエントランス演奏を終えて、私たちも夕食へ。毎日食べすぎだったのでランチを抜いて参戦したらえらい調子よかったです。屋久島には早朝に入港します。トレッキングに向けて体調を整えて早めに就寝。(つづく。)



5/23/2011 「長野でソロコンサート」
航海日記を楽しみにしてくださる皆様、たくさんいらっしゃるようで。ありがとうございます。

徳之島編の前に、21日に長野の昼神温泉でソロコンサートをさせていただきましたのでご報告を。まだ始まってまもないという湯元ホテル阿智川ロビーコンサートに出演、ラプソディ・イン・ブルーなど弾いてきました。山と川がどかーんと広がる羨ましい大自然に囲まれた充実した大型ホテルで、サウナやミストシャワー、ちょっと変わった洞窟風呂もあって演奏前にかなりリラックスできました。ロビー奥に広がる庭園では蛙の大合唱があり、久石譲さんの曲を演奏する裏で絶妙にゲコゲコ言っていてすごかった...季節ごとに鳴き声の主が変わるのだとか。屋久島に続き、ここでもいのちを感じました。



演奏が遅い時間だったので1泊してゆっくりできてリフレッシュしました。出発前にはホテルの支配人様からも信州蕎麦と五平餅を食べきれないほどご馳走になりありがとうございました。もうすぐ珍しい6本足のピアノが入るということで(第2次大戦の被災ピアノだそうです)、今後も楽しみなコンサートシリーズです。チェロとかオーボエとか合いそうだなあ。





5/20/2011 「宮崎県日南市へ。」
航海3日目、曇り空。カーテンを開けるとすでに九州が見えてます。お昼には宮崎県の油津港に寄港することになっており、久々に陸に降り立ちます。今日は完全オフ日ですが軽く朝練して歌唱教室に参加し、お昼をいただき下船。


毎日こんなデザートが食後に必ず出てきます...!

ずっと揺れながらの生活をしてみると地に降り立つ時の足の裏の感覚が不思議。便利な世の中になり、世界中どこでも飛行機ですぐ移動できるようになったけれど、昔は移動は馬車や船だったわけです。今では地球の裏側へ行くのに20時間以上もかかっちゃったよ、と不平不満も聞く。でもそれは、地球が狭くなったのではなくて、人々が知らぬ間に現代病という名の病を患っているのですよね。船のスピードは時速にすると30km程度。自転車と同じようなスピードで進む船でたどり着いた港は、今まで行った海外のどんな国よりも遠く感じました。




飫肥。

船に寄港する地域の観光課の方々が乗船されていたので事前に船内で色々なお話を聞くことができ、街中に出てからも効率よく観光できました。飫肥城を支配していたこともある薩摩国の島津一族とは関係なさそうなチェロの島津さんと城跡まで歩く。


鯉の放流

「絶対食べて!」とお薦めされた鰹の炙り焼きが、どうしてもおなかがいっぱいで食べられず、それだけが心残りです。プリンみたいな玉子焼きや、飫肥天という名のさつま揚げは食べ歩いてみました。ゆで卵がまるごと入っている飫肥天は本当に美味しかった。関東の醤油は辛すぎるけど西の醤油は甘くて好きなんです。

船に戻って出港セレモニーが終わるとまもなく夕食です。おなかがすく、という感覚がない毎日で段々胃袋が大きくなってきて危険。。。



航海はとうとう南西諸島沖へ。このあたりは沖縄しか行ったことがないので期待に胸が膨らみます。種子島や屋久島を抜けて奄美諸島の徳之島まで南下します。今年は奄美諸島の入梅が早く天気は期待できませんが、大型客船の入港は初めてで島をあげての盛大なイベントが待っているようなので非常に楽しみ。

東シナ海の揺れはジェットコースターのようで、胃が浮くような感覚のままベッドに入りました。(つづく。)



5/17/2011 「神戸寄港。そして油津に向けてBon Voyage!」
前日メインショーお疲れ様打ち上げがあって、あまり睡眠時間がとれないまま早朝起床。ジムはついてはいるものの、なかなかオープンしている時間帯に行けず運動不足になるので、朝のデッキウォークが唯一の運動です。デッキを歩きつつプールサイドで読書するのがこの日から日課になりました。そしてピアノが使える時間帯に集中練習を済ませます。



2日目は神戸からのお客様を出迎えてからラウンジでのティータイム演奏があるので、ランチの時間まで3人で音出し。





ランチ。こうやって張り切って撮影していたのは最初のうちだけで、このあと携帯もカメラも部屋に置き去りで駆け回る日々になります。あしからず...笑

食事が終わると目の前に見覚えのある神戸港が!さっそく神戸の妹エリ嬢から着信!モザイクにいたようですが、停泊中降りることもできず、港のどこにいるのかもわからず、船から手を振る夢はあっけなく破れる。笑

神戸出港後ティータイム演奏を終え、デッキに出るとちょうど明石海峡大橋を通過。世界最長の吊橋をくぐる時、神戸生まれで橋げたマニア(!)の景子姉さんが、「私、この橋の下で生まれたんだよ!」と、迷言を残し、はしゃいでおられました。黄砂で水面が黄色です。



瀬戸内海は穏やかです。神戸から乗ってこられたお客様もたくさんいらっしゃいましたが、エンタメチームも落語家&腹話術の師匠が神戸から乗船。漫才コンビのようなお二人に笑わされてディナータイムを楽しんでいると、ついに瀬戸大橋くぐり!圧巻です。


ライトアップされた瀬戸大橋。

この後、高田正人さんによる素晴らしいテノールコンサートがあり、引き続き、神戸乗船チームも合流しての盛大なウェルカムパーティーに突入。徳之島の珍しい黒糖焼酎をいただきました。こうして2日目の夜は楽しく更けていったのでした。(つづく。)





5/12/2011 「晴海出港、横浜港を経て神戸へ」


5月3日早朝、衣装5着と浴衣を詰め込んだ大きなスーツケースを抱えてタクシーで晴海へ移動。ふじ丸、目立ちます。現在2万トン以上の大型客船は日本には4隻しかなく、ふじ丸はその中でいちばん古く歴史のある船です。11:00晴海出港。


チェロゆみちゃんと。シャンパン片手に盛大な出港パーティー


わたしの部屋。当然のオーシャンビューをひとりで独占!6日間お世話になりました。

状況もわからずバタバタな初日、夜のメインショー出演のため乗船後すぐに打ち合わせを終えてお昼ごはん。



ふじ丸は食事が特に美味しい船として有名ですが、今回なんと私たちも6日間ずーっと社食ではなくお客様と同じメニューをいただくことができたのです(こんなことは普段のクルーズではないそうな)。やっぱり食事運の強いリリアン!

ごはんが終わるとメインショーに向けて練習練習。あっという間に横浜での出港パーティーが終わって神戸に向かってどんぶらこ。そして夜ご飯をすごい勢いで食べ終わり、あっという間に夜のメインショー開演。


夜ごはーん



慣れない揺れの中で集中できるのかかなり心配だったのですが、最近の地震で揺れにはめっぽう強くなっていたようです。ピアノの上に置いておいたカルメンで使うフラメンコ用カスタネットが揺れでステージ上に落下する事故はあったものの、その程度でした。

メインショーは終わりましたが、リリアンはあと3回演奏があります。戦場のピアニストならぬ船上のピアニスト、1日目の任務終了です。(つづく。)



5/9/2011 「豪華客船ふじ丸の旅」
5月3日に晴海ふ頭を出港したアンサンブル・リリアンの乗っていたふじ丸は昨日神戸港に着き、無事に4回の演奏を終えて帰ってきました。ゆっくりと時間をかけて移動し、横浜、神戸、宮崎、徳之島を経てやっと辿り着いた屋久島では強いエネルギーに圧倒されて涙しました。太陽はなかなか出なかったけれど、イルカの群れに歓迎されるという夢のような瞬間もあり、本当に素晴らしい旅でした。これからゆっくりと消化しながら航海記を書いていきますのでお付き合いください。ひとまず、無事に帰宅のご報告。











それでも人は海とともに生きていくのです。


                                         →2011年4月